去年は高原の瑞々しい緑の多い土地だったが、今年は海辺での合宿となった“賊学カメレオンズ”のご一行様。水泳や砂浜ランニングで足腰を練り上げ、そこそこ暑い中で動くことで、体を絞りつつ、粘りとスタミナも身につけて。持久力とは別物の…そう簡単には倒れない意気地だったら、最強のそれを持ち合わせている完璧な面々だったから、勝ちへの執着、所謂“負けん気”を煽ればどこまでもついて来るのが、扱いやすいと言えば扱いやすい人たちだけれど。惜しいかな集中力が途切れやすいので、緊張感が一定のレベルで継続状態に入ると気が散りやすいし、また、焦らされたり半端に挑発されると“非紳士的行為”へ これまた簡単に暴発しかねないのが困りもの。だが、
『いいか? 個人的なメンツなんかより大事なもんがあっだろよ。』
そこへは小さな金髪のコーチ様が、そりゃあ上手なケアをしてくれており。
『ルイに…ヘッドに恥ィかかせていいのか? 下んねぇ殴りっこで勝てても試合を没収されてちゃ意味がない。所詮は小者で、我慢が出来ねぇ仁義も守れねぇ、そんな雑魚しか束ねらんねぇ、チンピラどもの大将にすぎねぇ…だなんて、よく知りもしねぇ奴らに勝手なことォ言わせたかねぇだろがよ。アァッ?』
『押忍っ!』
喧嘩で鍛えた屈強な体つきの高校生たちの、せいぜい腹辺りまでしか顔が来ないような、小さな小さなコーチ殿だのに。お花のような可憐な容姿を裏切るほど、しっかと肝の据わった張りのある掛け声と。判り易いその上に、きっぱりと仁義スジの通ったその内容へ。きれいに揃った声音の、威勢のいい斉唱が返ってくる様はいっそ壮観。躾けの上手さを指して、
『副長代理くらいの格、名乗らせても良いんじゃないの?』
メグさんが半ば本気でそうと呟き、スポーツドリンクを飲んでた総長さんが、思わずスクイズボトルを握り潰しかけちゃったとか。(笑) …それはともかく。ファッションやスタイルとしてだけじゃあない、本気も本気の取っ掛かり方にて。年々、実力伯仲の体を見せつつある関東高校アメフト界の今年の傾向は、常勝“王城”への挑戦者がずらりという情勢であり、殊に、歴史の浅い新参チームの台頭振りが目覚ましい。春大会では、その“新参チーム”だった泥門デビルバッツに準々決勝で惜敗しただけに、どんな相手が来ようと気を引き締めてかかろうぞと、同じ轍は踏まない構え。そんな心意気の下、八月のほとんどにあたる4週間という長丁場を、破綻も見せず途中でダレることもなく、キチンキチンと消化出来た野郎共だったから、この点は偉い。
「新学期が始まった途端に、時差のついた“夏ばて”とかが出ないだろな。」
「人を勝手に、気持ちに体がついて来ねぇような、
四十代前半のサラリーマンみたいに言ってんじゃねぇよ。」
こらこら、そんな失礼なことをすっぱりと。(苦笑) バテることなく完走しましたというご褒美も兼ねた打ち上げ会として、最終日の晩は略式ながらのガーデンパーティー。某シーサイドホテルから招いた、腕のいいシェフや板前さんたちの手になる、高級牛や精選海鮮食材によるバーベキューやら鉄板焼きやら、江戸前寿司に小じゃれたイタめし、涼しげな冷菓スィーツも数々並んで、お腹いっぱいお食べなさいとの大盤振る舞い。いくら盛り上がっても そこはさすがに、ソフトドリンクも含めてアルコール類は持ち込み絶対厳禁とされたのにね。チア班の女子も混ざっての賑わいだから、お酒なんか入らずともなかなかのノリで盛り上がっており。しかもしかも、
――― どん・ぱぱぱん…っと。
潮騒の音を遮る、遠い雷鳴のような音が突然沸き立ち。おやおや一雨来るのかなと、皆が見上げた宵の空。晩夏の深藍で塗り潰された夜空に、それは鮮やかな大輪の閃光華が開いて…全員が息を呑む。
「…すっげぇ〜〜〜。」
「まさか、あれってルイさんが手配したんか?」
「いや、ああいうもんは坊主の得意分野じゃねぇの?」
別荘の庭先から臨む浜辺の空高く、ぽん・ぽぽぽんっと軽快な音が弾けては、赤、青、橙、緑に緋色、金銀の七彩。放射状に花が開くスターマインだけじゃなく、ネズミ花火や曳光弾のように(こらこら物騒な/笑)火の玉が尾を引きながら宙を泳ぐもの。金色の光粉が瞬きながら夜陰へ溶けるように消えたかと思ったら、色が入れ替わって再び“さぁ…っ”と明るさが復活し、花吹雪のようにキラキラと瞬きながら光が降るもの。様々な種類のものが次から次へと上がって飽きさせない花火であり、
「…ああ、そっか。ほら、浜の向こう側に海水浴場があるじゃんか。」
「そっか。あそこで何かやってんだぜ。」
何せ夏休み最後の週末だから、来年もまた来てねとばかりに、どこであれイベントが目白押しならしく。こっち側ではどこかの高校生たちがトレーニングの場にしていた同じ浜の反対側。ホテルや浜茶屋、土産屋などが立ち並ぶ、駅に近い側の賑やかな浜辺で、行く夏を惜しむイベントでも開かれているらしい。そちらに集まった観衆向けの花火だろうに、こっちからもそりゃあ綺麗に堪能出来て。
「雑踏の中でじゃない、余裕の見物だよな。」
「こういうのって、一度やってみたかったんだよな〜。」
広い河原や大きな公園、遊園地。毎年のことというよな有名な花火大会は、昼間っから体が空いてでもいない限り、場所取りなんても出来はせず。人込みの中で背伸びしてとか、河原や土手に押し込められての、窮屈な見物が関の山。近場のホテルやマンションの、非常階段や屋上からなんてな観覧にしても、そこの住人でなきゃ“不法侵入”になってしまう。人の頭を見に来たような、押したり押されたり、窮屈な格好での見物も、それなりの風情があるものだけど。気の合うお仲間たちと美味しいお食事を堪能しながらなんていう、歓談の席に身をおいてのゆったりとした見物だなんて、
「賀茂川の“川床(ゆか)”から大文字の送り火を観るよな贅沢だよな。」
またそういう子供離れしたことを言い出すでしょうが、この坊ちゃんは。(苦笑) そこはやっぱりお子様だからか、お寿司や焼肉、結構摘まんだものの、随分と早くにお腹が膨れてしまった、マスコットのヨウイチ坊や。言葉少なにいつもの所作にて、小さなお手々でシャツの裾を引いて総長さんを急かすと。わいわいと騒いでる面々からはちょっとばかり距離を置き、皆がいるダイニング前のテラスからは椿の垣根で隔たったお隣りになる、少ぉし離れたリビングのバルコニーへと飲み物片手に場を移していりするのだが、
「“川床”ってのはなんだ?」
「京都の賀茂川沿いにある料亭が、夏の間だけ櫓を組んで川の上へ張り出させるお座敷で、そうだな…期間限定のウッドデッキみたいなもんだ。」
京都ってのは盆地で、夏は山越えの熱気ばかりが押し寄せて暑い土地だけど、平安時代からこっちの江戸時代までのずっと、帝が住んでてでっかい都があったほどに歴史が古いトコだから。
「暑さをしのぐ知恵も一杯あるんだろうよ。」
胸元をぱさぱさと叩くようにウチワを使って、顔へと風を送っている坊やは、藍色の地に白抜きの柳の葉模様の浴衣姿。この別邸にもルイ坊っちゃんの小さかった頃の浴衣が取ってあり、今夜はパーティーして寝るだけだからというので、賄いのおばさんがお風呂上りの妖一くんへ手際良く着せてくれたのだけれども、
「何でルイは着ないんだ?」
今の総長さんが羽織って似合いそうな…黒っぽい藍に浅い青の紋様が織り込まれてた、渋い柄の大人の浴衣もあったのに。勧められても自分は丁重に断って、Gパンにアロハ襟のシャツとTシャツという普段着のまま、下駄履きで足元不如意な坊やのエスコート役をこなしている彼であり。
「あんまり好きじゃねぇんだよ。」
理由を言うのさえうざったいのか、花火が揚がってる空の方をばかり見やっての、気のなさそうな、言葉少ななお返事で。庭先の常夜灯のいかにも人工的な明るさの中、目許や鼻梁の稜線が意外とくっきり浮かび上がった、男臭くて精悍な…大好きな横顔を見上げつつ、
「………ふ〜ん。」
こちらも短く応じた坊やだったが………何を思ったか、
「…じゃあ、俺も脱ぐ。」
「あ、こらこら。何してやがる。」
濃色ながら、ふんわりとした生地のへこ帯の結び目は背中の真ん中。そこへは手が届かず、ほどくことが出来なかったのでと。手っ取り早くも衿の合わせに両手をかけて、力任せに左右に割ろうと仕掛かった坊や。せっかく着せてもらったのに何すんだと、手早くその手を捕まえたところが、
「だって…好きじゃねぇんだろ?」
ぼそぼそ、らしくもなく小さな声で言い返す。しかもその上…素早く捕まえられた両の手を、体の前の左右の脇へと離して、叱られ半分に固定されてるその間。俯いたまんまでいたお顔から…仄かな明かりを受けて煌めく、ちかりと光った何かが落ちたから。向かい合ってた総長さんがハッとした。
「あ…いや、だから、そのっ。」
ああ、しまった。お兄さんから嫌いなんだと言われたもの、嬉しそうに着ていたくはないと、あっさり言い切られたからこそストレートに傷ついて、そんな風に…短絡的に身が動いた坊やなのだろう。日頃は他人の目や何や、全く意に介さないで自分のスタイルを崩さない子なのにね。思わぬところでムキになり、胸が詰まったからだろう はらりと零した悔し涙。そんな姿に“ああ、この子はまだ小さな子供なのだった”ということを思い知らされる。どんな恐持ての年長さんが相手でも、決して自分からは引かない強腰な坊や。理論武装をきっちりと固めていたり、何を誹謗されても応えんわいという、大人顔負けの強固な自信をもって身構えていてのことであり。人の目がある場だからこそのこれも策略、わざとらしい子供ぶりっこ…ではなくて。こんな格好で…ほとんど素の顔のままで、単なる駄々を捏ねられようとは思いも拠らず。どうしたものかと狼狽(うろた)えかかったものの、ままよと意を決すると、
「俺が好きじゃねぇっつったのは、自分が着るのがって意味だ。」
正直なところをそのまま話す葉柱で。うっかりすると掴み潰してしまやしないかというほど、細くて頼りない手首を捕まえたそのままで、
「今ほどじゃあなかったが、小さい頃も腕の丈が標準よりは長かったんでな。」
そんな葉柱だったから。既製品の服や浴衣を着るとどうしても、袖に合わせたサイズを選べば、随分と年上の兄と変わらないそれとなってしまい。だが、背丈はまだ足りないから自然と裾が余ってしまう。それが服なら脇を詰めたり裾上げをしたり、浴衣だったら已なく“おはしょり”の部分を多い目に、腰の回りに縫い上げられてて。背が伸びたらほどいて着ましょうねと言われていた…のだけれども。
「それが何だか、いつまでも子供扱いを受けているような気がしてな。」
今にして思えば、そんなつもりなんて誰にも全然なかったのだと、お兄さんの寸法のをもう着られるなんてねと、むしろ凄〜いなんて思われていたのにね。背伸びをしたがるお年頃の子供ならではな了見の狭さから、周囲の思いとは全く逆の、カッコが悪いというコンプレックスを感じ続けていたらしく。
「誰かが着てるのを見んのは好きだから。」
両腕を捕まえたままで片膝を落として身を屈め、眸の高さを同じに合わせて。俯き気味な坊やの白いお顔を真っ正面から覗き込む。前髪越しに額同士をこつりとくっつけて、どうかご機嫌を直して下さいようと伺えば、
「〜〜〜〜〜。////////」
それならそれでと、今頃になってムキになったのがバツが悪いとでも感じたか。ますますのこと、ムキになって顔を背ける意地っ張り。視線を落として伏目がちな目許のカーブ。極細の睫毛に砂粒みたいに小さな小さな水滴がついていて、かすかな光を灯しつつ、震えているのがなんとも切ない。根競べみたいに黙ったまんまで向かい合っていたところへ………、
――― どどん・ぱぱぱっぱんっ!
一際大きな炸裂音がして、ほとんど“反射”で二人揃ってそちらを…渚の方へと眸をやったならば。一番大きな三尺玉を揚げたのだろう、すさまじい縮尺、拡大コピーをかけたような巨大な光の放物線が、深色の夜空いっぱいを埋めんとするかのように、四方八方へと光の矢を放つ。真昼のように辺りを真っ白に照らしたほどの、あまりの大きさに意識が弾かれ、そのまま毒気を抜かれてしまったか。空をぽかんと見上げてる坊やのお顔の、少し力んだ淡い金茶の瞳にも、きらきらと華火線が映って…そりゃあ綺麗で愛らしかったから。辺りを照らした大きな光が徐々に収まり、防砂壁を兼ねた夾竹桃や椿の繁みや、坊やの金色の髪や真白な横顔の淡くて玲瓏な精彩が、夜陰の中へと一旦沈んだ隙を衝き、
――― ………………あ。////////
正面へ屈んでいたのをいいことに、間近までふわりと近づいて来た温みと匂い。重なった唇と唇の、柔らかなもの同士だからだろうか、強く押しつけても案外と手ごたえの小さい、どこか脆そうな感触に肌の体温が一気に上がり。薄く離れてから軽く啄むように、上と下、別々に唇を咥えられた、ちょっとしたテクのようなものに構われて。大人みたいに扱われたことへ魅せられて…ドキドキする。
“…ふや。///////”
力が萎えて膝が落ちそうになったところを、頼もしい腕に柔らかく抱きとめられて。手際よくも懐ろの深みへと取り込まれ、大好きな匂いにくるりと包まれれば、あのね? もうもう何も考えられなくなるの。おでこの端っこ、すりすりって堅い胸板に擦りつければ、大きな手のひらが髪を梳いてくれるから。柄になく拗ねてたことも…勝手な勘違いを謝ることが出来ない強情さも。総長さんの優しい温みへ、丸投げして溶かしちゃえばいいよと引き取ってもらえて。そんなリードが余裕で滲んだ、小さな淑女へのそれみたいな扱いが、ムズムズするほど嬉しくてたまらない。
“傍から見りゃあ、ただの“子供抱き”なんだろけどな。”
片側の前腕の上へ座らせるように抱えて、もう一方の腕は背中を支える、余裕の抱っこ。小さな肩も背中もすっぽりとくるまれたまま、匿われるようにして…今だけは子供の振りをして見せる、小悪魔坊やだったりするものの、
――― なあ、ルイ。
んん?
あんまり進展しなかったな、こっちの方は。
………こっちってのは何なんだ、こっちってのは。///////
せっかくしっとりムーディだったのに、何をいきなり言い出すかな、この坊主ってばよと。////// 子供相手に耳まで赤くなるところが、何とも純情で朴訥で。そうなっちゃうだけ真摯に向かい合ってくれているのが、どんな言葉よりも明白に判って…胸の芯が疼くほど、ひどく嬉しい坊やだったりし。きっと真っ赤に熟れている、そんな顔を見上げてやらないのは武士の情け。まだまだ振る舞われるのか、ぱぱぱんと揚がり続けてる花火。それを見上げる素振りへと紛れさせ、小さな頭をことりと胸板へ凭れさせれば、ほら。少し早まって聞こえて来るのは、一体どっちの鼓動だろうか。すぐにも忙しい新学期が始まって、彼らにとっては“秋の情緒もどこ吹く風”となる、そりゃあ熱いシーズンになるのだろうけど。時折髪を撫でてゆく、潮の香のする風の中。過ぎゆく夏を惜しみながら、それこそ雰囲気もまろやかに、お互いの存在感を堪能し合ってるお二人さんだったりするのである。
………いやはや、ごちそうさまでしたvv
〜Fine〜 05.9.01.〜9.02.
*夏の終わりというか、夏休みの終わりというところでしょうか。
終わってみれば、今年も肝心な合宿の中身の話が少なかった夏休みでして。
まあ…トレーニング風景ばかり連ねても暑苦しいばっかだったでしょうし、
バーベルやらマシンを使ってギシギシと、
背中や上腕筋なんかを鍛えてる、むくつけき男衆の図とか、
『や〜んvv ポーチドエッグがまとまりませ〜んvv』
『きゃぁぁんっ、虫がレタス食べてるぅ〜っ。』
慣れない賄いでチアの女子部員が大騒ぎするのへ 坊やが呆れる図とかは、
各自で妄想していただくということで。(笑)
**

|